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評価:
ポール オースター
新潮社
コメント:師匠の教えに導かれ、空を飛べるようになった少年の、まるまる70年間を描く物語。
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これは最高に面白い!
久々の(?)星5つ文句なしです。
「13歳までに君に空を飛ばせてみせる。君には天賦の才がある」
というイェフーディを師匠にすることで、みなしごだったウォーリーの人生は変わった。
およそ耐えがたい修行にあけくれ、毛嫌いしていた「黒んぼ」と「インディアン」と共に生活していく中で、尖っていたウォーリーの心も溶けはじめる。
そして12歳のとき、彼は浮いた―。
浮遊術を使えるようになった少年、それを授けたあやしげな師匠。
これだけ聞くと児童文学、ハリーポッターのような波乱万丈のわくわくファンタジーのように思われるかもしれないが、断じて違う。
ひとりの人間の人生、生きること、死ぬこと、いかに生きるか、そしていかに死ぬかという、人の心の深く重たい部分にうったえかける物語だ。
いくつかのレヴューを拝見させてもらい、「悲劇的ラスト」「救いがない」という意見が多いのに驚いた。私はむしろ爽やかさと希望に満ちたラストだという感じを受けたからだ。
確かに「空を飛び、有名になって多くの人を楽しませる(そしてお金持ちにもなる)」という当初の夢を考えれば、彼の人生は「堕落していった」と形容できるのかもしれない。
しかしどうだろう。
むしろ晩年の彼はしごく「普通」の人生を歩んでいるだけだ。
あまりに輝かしい過去があったがためにその日々は色褪せて見えるが、一生のうちに、その他の日々を取るに足らぬものに見せる程の経験を出来たことというのは、むしろ素晴らしい稀有なことなのではないだろうか。
そして最終的に彼はそのことを受け入れることができた。過去を誇らしく思うことができた。
時間はかかったかもしれないが、人生70年目にして彼はいきいきと輝いているように見える。
ラストの文章がたまらなく好きだ。
この終わり方、彼のせりふを「素敵だ」と思うために、これまでページをめくってきたのだと信じられるほどに。
取るに足らないと思う自分にも、色んなしがらみにまみれた「自分」を取り去った奥の奥に、空を飛ぶことにも匹敵する力が眠っているのかもしれないと思わせてくれる、素敵な物語でした。