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罪と罰 (上巻) (新潮文庫)
さて長かった、罪と罰!
くじけそうになりながらも読破しました。
読み始めの頃は、昔ながらの文章と、翻訳本に起こる妙な日本語の羅列と、ロシア人の名前のみょうちくりんさに苦しめられました。

でもさすが名作と言われるだけあってすごく面白かったですこれ。

主人公である超貧乏な元大学生、ラスコーリニコフ(以下ロージャ)は、陰険な質屋のお婆ちゃんを殺して金品を盗み取ります。
犯行の際、扉をあけっぱなし!お婆ちゃんの妹まで殺害!さらに思いがけない訪問者!というハプニングにてんぱりまくるロージャ。
にも関わらず、幸運が続いてロージャは誰にも姿を見られることなく逃げおおせます。
物的証拠は何もあがらず、おまけに取調べを受けていたミコライが自供までする始末。

そしてロージャは悠々自適な生活を送った、かというとそうではなく、殺人を犯してからの彼の日々はすさまじく辛いものになります。
何か証拠を残してしまっていないかと不安になり、誰かが自分を見ていたのではないか、自分を疑っているのではないかと猜疑心でいっぱいになります。
誰かが事件の話をしているのを聞くと心臓はバクバク。
あまりの精神的苦痛に病院送り。半狂人のような状態に。

そんな中、町ですれ違った知らない男に「お前は殺人者だ」と言われたり、
ポルフィーリイ刑事に疑われ始め、
ロージャは自供して楽になりたい、と思うようになります。
しかし彼には心清らかな妹や自分を愛してくれる母が・・・

ふたつの気持ちの間でゆれながら、迷い、苦しみ、
娼婦ソーニャとの出会いから自首を決意するまでの青年の心を描いた作品です。


まず面白いのが、殺人の動機。色々とあるみたいなんだけど、まず

○人間は「凡人」と「非凡人」とに分けられる
という彼の理論。
社会の中では「非凡人」の決めたルールに「凡人」が従っている。
「非凡人」のカテゴリーにいるわずかな人間だけが、「新しいもの」を生み出せる力がある。
犯罪者の多くは警察に捕まるわけなんだけれども、
それは犯罪を犯す際に凡人さんは正常な精神状態ではいられなくなって、
何か普段では信じられないようなミスを犯してしまうせいであり、
非凡人はそのような壁や行為をためらいもなく乗り越えることが出来るはずだ。
そう彼は思っている。
そうすることの出来る勇気を持っているか否かが、凡人と非凡人との境界線だと。

つまり彼は自分が非凡人であることを証明したかったんです。
だけどそうでないことも、自分で良く分かっていた。
それは彼がお婆ちゃんを殺害する決意をするまでに、散々悩んだから。
分かっていながら、そんな自分を否定したくて・・・って気持ちがあったのかなあ。


それから

○悪いやつは殺してもいいじゃん!
という理論。
お婆ちゃんが生きていることでもたらされる利益よりも害のほうが大きい。
お婆ちゃんが死ぬことで多くの人の助けになるなら、
それは罪と言えるものなの?
っていう話を飲み屋で聞いちゃったところから彼の殺害への
具体的な意識が生まれたんです。

「なんで殺しちゃいけないの?」
っていうのは、あたしもよく考えた疑問。
「いけない」ってことはないと思うんだな、やっぱり。
でも「いやだ」っていうことはあると思うんだ。
その「いやだ」って気持ちは、生来ヒトの中にあるもののような気がする。

絶対に人を殺してはいけないっていうのは違うんじゃないかなあ
例えば道を歩いていて通り魔に会って、殺されそうになって、
そこに誰かが来てピストルをくれたら
あたし撃ちます。
撃つ瞬間は、きっと「おまえ死ねッ」って思うと思うし。

問題はこの「死ねッ」って思うレベルにあって
人類の大多数が「そりゃ死ねって思うわな、しょうがないわな」って
思ってくれたらそれは「罪」にはならないんだよね。

と考えると
何をもって「罪」と呼ぶのか?という問題が浮かび上がってきます。
法で裁かれるもの?
でも法律は国によっても違うし、時によっても変わるし。
じゃあ自分で「罪の意識」を感じたら「罪」?
いやいや、快楽犯とか、最高級の罪背負ってるでしょう。
うーん。

なんかの小説で、推理小説だったと思うけど、
犯人は10人以上の人を殺した医者なんだけど、
その被害者が全員自殺志願者だった、という話があって、
自殺したいんだけれども、保険金が出ないから、とか
自殺したって知ったら親が悲しむから、とか
そういう理由で死ねない人がそのお医者さんに頼み込んで
殺してもらった、という事件。
その犯人はもちろん捕まったけど・・・
彼はなんの罪?
「自殺志願者に生きる希望を与えられなかった罪」?

むずかしい。と思う。やっぱり。


興味深いのが、ロージャが結局最後まで、殺したお婆ちゃんに対しての
良心の呵責を感じていなかったこと。
「もう未来永劫このような罪は犯さない」と言うものの、
それは「追い詰められることへの恐怖」のせいであって、
罪の意識とはちょっと違う。

多くの殺人者を描く話だと、殺人に動機があって
犯罪を犯したあとにその罪の意識に苛まれるか、
あんなやつ死んで当然だと自分に言い聞かせるか、
そのどちらかがほとんどだと思うんだけど、
「罪と罰」はそのどちらでもないところが面白く、
考えさせられる本だと思った。


23:42 | 海外(ドフトエフスキー) | comments(0) | trackbacks(2)

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