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評価:
マイケル ギルモア
文藝春秋
コメント:兄は何故殺人を犯し、自ら死刑をのぞんだのか。弟が語る、ある一家の歴史とは。
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村上春樹訳の本を適当にあさっていて買った作品。
ノンフィクションはあまり読まないのだけれど、内容を確かめないで買ってしまったのが逆に功を奏した。
著者、マイケル・ギルモアの兄、ゲイリーはアメリカでかつて最も有名になった殺人犯である。
それはその残虐性によってではなく、死刑制度反対の風潮下にあった当時のアメリカで、自ら死刑を(それも銃身刑を)望み、それを現実にしたためであった。
ゲイリーのニュースがセンセーショナルに報じられ、その生涯が映画化される間も沈黙を守っていた弟が、家族にしか分からないゲイリーの生き様を描いたのが本作である。
ゲイリーの生き様を、というのは正確ではなく、本書では彼の両親、親戚、4人の兄弟の一生分の出来事をダイジェストで、ある部分はディテールについて語っている。1冊を読み終える頃にはこの家族全員の苦悩や不器用さ、良いところも悪いところも、形を持って感じられるようになる。
ゲイリーの姿は、「全く関係のない人間を2人も殺めた冷酷な殺人犯」から、「自分でも他人からも救われることのなかった1人の青年」へと変わっていく。
マイケルはギルモア一家の中で唯一、家族とは少し離れた場所で生きていた存在である。
そんな彼はずっと、何かが少しでも違っていたら殺人を犯していたのは自分なのだ、という考えを持っている。
マイケルは言う。ゲイリーを殺人犯にしたターニングポイントがどこかということを探そうとするとそれは極めて困難で、生まれた瞬間から彼は死刑場に向かって歩み続けていたのではないか、と。
本を閉じて、この一家の何をどう変えればゲイリーは殺人犯にならず、3男は殺されず、兄は自分の人生を歩み、マイケルは幸せな結婚生活を送ることができたのだろうかと考え、それが全く無意味で虚しいことだと気がついてやめた。
もうこの一家の歴史は確定してしまっているのだ。
面白いなんて言葉はとうてい使えないが、なんとも衝撃的でずっしりとくる本だった。