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異邦人
評価:
カミュ
新潮社
コメント:太陽がまぶしかったから、人を殺した。そして1人の男の人生がようやく幕を開ける。美しく情熱的な描写に胸が奮えた。堂々たる名作。

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「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私には分からない」
こんな冒頭から始まる「異邦人」。

考えることが多すぎて一読しただけで何かを語るにはおこがましいと思わせられる作品だ。
まずひとつ、思想以外の感想を言うとするなら、描写が本当に素晴らしい。
何がってなんだかわかんないけど、胸にぐっとせまるものがある。
主人公のムルソーの性格も手伝って、全体的に淡々と事実が語られていくのだが、時折ふと見せる彼の情熱や虚しさや正しさ、そして太陽の光や闇やそういったものを映し出す言葉のひとつひとつに感動する。クラシック音楽みたいだなと感じた。クラシック詳しくないけど、イメージ。

物語は、主人公の母親が死んだところから始まる。
亡くなった母親を前にしても涙を見せるどころか、眠たい、ミルクコーヒーが美味いなどという描写をたどるにつれて、なんとなしに「冷めた」男なのだなということを知る。
しかしそれは単なるひとつの個性でしかなかった。
それが第一部の終わりに、強烈な太陽と汗の描写によって変貌をとげる。
彼はピストルで人を殺したのだ。
そして第二部から、単なる「ちょっと情の薄い男」が、裁判の中で冷酷な殺人鬼として祀り上げられていく姿を追う。

ここから他の読者がどう感じているのかは分からないが、私は主人公の味方だった。
母の葬式に泣かなかったこと、次の日にガールフレンドを作り、喜劇の映画を観に行った事。
それらは確かに少し薄情なことかもしれないが、それによって裁かれるということは断じてない。
しかし彼が「罪人である」という事実の上に乗っかると、途端にそれは彼が「冷徹な殺人鬼である」という証拠となり牙をむく。名の無い「人々」の目がそうさせる。

先日に「月と六ペンス」での感想にも似たようなことを書いたが、社会はそれ自体が正しさを含んでいるため、その正しさからはずれた個人を徹底的に悪者として排除しようとするさまを描いている。
前者においては主人公は社会的罪をおかさなかったゆえに糾弾されることはなかったが、ムルソーは社会的正義=法律を犯してしまったがために、死刑判決により社会から抹消されることになる。

正しさは常に社会と共にあるが、社会は絶えず変化しているという事実ゆえに、絶対的正しさというものは存在しないはずだ。
それでもなお個人は刹那的正義に基づいて判決を下され続けなければいけないのである。
この作品の中で、「常識」を叫ぶ人々はまるで怪しい宗教勧誘をしつこーくしてくる人のように感じられてくる。
いくらムルソーが自分は正しいのだ、自分は自分が思う道をゆくのだと伝えても、彼らはおおげさに嘆き悲しみ「君は間違っている」というばかり。
そしてとうとうこの物語の終焉に、ムルソーは心の叫びをぶちまけるのだ。

それはとても印象深く、感慨深いシーンで、物語を読み終えた後に何度も読み返したが、やはり満足に理解できたとは言えないのでここでは割愛する。
なんとも。薄いのにずっしり重い本だった。







22:02 | 海外(アルベール・カミュ) | comments(0) | trackbacks(0)

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