|
評価:
サマセット・モーム
新潮社
コメント:人間社会のルールから逸脱して生きるひとりの芸術家の姿を追いながら、男と女の、凡人と天才のありようを描いた名作。90年という年月を感じさせないエンターテイメント力に敬服。
|
タイトル&ジャケ買い。
ここのところ、今も名を残しているいわゆる「名作」を読んでみようと思っていて買ったうちの1冊。
画家ゴーギャンの伝記に着想を得て描かれたというこの作品は、物書きである主人公が、生前誰も見向きもしなかった画家が、彼の死後にその絵の価値が認められたことを受け、自らの記憶と彼に関わりのあった人たちとの会話によって、画家ストリックランドという人間を再構築する試みをするという形で描かれている。
ストリックランドというのは実に、私たち凡人がイメージする「芸術家」という名にふさわしすぎるほどに浮世離れした人物であるがゆえ、彼の行動や台詞のひとつひとつに、驚きとある種の尊敬を感じ、その魅力にひきつけられる。
ストリックランドという風変わりな男を描きながら、主人公が語る世の真理が面白い。
例えば「良心」について。
「良心とは個人の中にあって、社会が自己保存のために創りだした法則を見張る監視人である」と書かれている。社会というものが存在し個人がそれに属していたいと思う限り(それは消し難い文明人の本能だと言う)、個人は社会の奴隷なのであり、両者を結び付けているものが良心なのである。
その社会に反しようとする人間を良心は批判し罵倒するが、これは同じく社会を崇めている価値観を持つものにしか通用しないやり方である。
ストリックランドのように他人の目を全く気にしない人間にとっては、誰からの非難も罵声もどこ吹く風なのであり、そのような「非凡人」を前に凡人が出来ることといえば、ただ手をあげることだけなのだ。
また、例えば「男女」についての意見はこうだ。
男の生活にとって、恋愛ということは様々な仕事の中のただ一つのエピソードにしかすぎない。恋愛が最も重大な事件だという男はめったにいないし、いればたいていくだらない人間である。恋愛が至上の関心事だという女ですら、そういう男を軽蔑するのだ。恋人としての男女の差異は、女が四六時中恋愛していられるのに反して、男は時にしかそれができないということだ。
主軸のテーマを追いながら、こうして挟まれる実際的な、生活臭い語りが面白い。
90年も前の作品なのに、それを全く感じさせない俗くささが良い。
あー。あるある。っていう。昔の作品をこんなに身近に感じたのは初めてかもしれない。
といってもまだそれほど読んだわけではないのですが。
昔の名作→文学的・哲学的・こむずかしい・よくわからんというイメージを払拭してくれた1冊でした。