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評価:
辻村 深月
講談社
コメント:他人をバカにしていた主人公の理帆子。自分を隠し他人と距離をとっていたはずが、気がつけば「人間」という現実の泥沼の中に足を踏み入れていた。ドラえもんの道具を使いながら描くスコシ・フシギな物語。
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小説というものはワインみたいなものかもしれない。
各々に飲み頃というものがあって、一番いいときに味わいたいと思うのだが
いつが飲み頃なのか、ソムリエには程遠い私には実際にコルクを開けて確かめてみるしか術はない。
それが間違ったと思ったとしても、一度あけてしまったワインは飲んでしまうしかない。
最近本の好みが変わってきたのかなと思う。
本書は私が読むにはもう遅すぎて、共感が出来なかった。
「本をたくさん読んできた」「進学校に通っている」という理由で、周りの人たちを見下す主人公。
藤子・F・藤子が言った、「僕にとってのSFとは”少し不思議な物語”なんです」という言葉に影響を受け、誰も彼もに「スコシ・ナントカ」という名前をつける傲慢さ。
スコシ不揃い。スコシFREE。スコシ憤慨。スコシ不安。
同年代の同級生を語彙力がないと馬鹿にする。自分だけが違うと思い込む。
そんな主人公、カケル、ドラマ的文体。
正直半分あたりまではちょっと苦しかった。
「ぼくのメジャースプーン」を楽しく読んだ記憶があったので、果たしてそれは私の本の好みが変わったからなのか、それともたまたまこの作者の中で好き嫌いがあったのか・・。
特に得るものはなかった物語ではあるが、漫画を読んでいるような感覚で半分をすぎたあたりからは違和感なくページをめくれたように思う。
昔は小説というものに対して、「いかに物語の中に没頭できるか」を重視していたように思う。
そういう本が私にとっていい本だったし、好きな本だった。
だけどいつからか、物語よりも言葉のつかいかたや、語られるひとつの真理に魅力を感じるようになっていた。
この本は私が今よりもっと視野が狭くて、自分のことばかり考えていた時に向いた物語だったのだと思う。
そういう時期や、個人個人の好みやなんやらがあるから、本の評価や推薦って難しいんだな。